夜は六本木のバー、556へ行く予定がある物の時間が余ってしまった。
映画でも見ようかと飯田橋へ出たが生憎上映時間に振られる始末。
考えた挙げ句足を向けたのは、神保町にある喫茶店「壹眞(かずま)珈琲店」。
さるが一番おいしい、と思っている珈琲屋さんだ。
オーダーをすると、実にテンポよく、丁寧に珈琲を入れる。
まず豆を挽き、その間にカップを選ぶ。
お湯でコーヒーサーバーやカップを暖め、挽いた豆を取り出す。
サーバーの上へ正確に置いたドリッパーに挽いた豆を入れ、
そして慎重に、静かにお湯を注ぐ。

こうして入れた珈琲を口に含むと、味だけでなく香りも口を通して
味わうことが出来る。珈琲のうまみを充分に引き出した珈琲だと思う。
一人目の客
珈琲をじっくり味わっていると誰かお店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「ブレンド」
ぶっきらぼうに告げると荷物を出口脇の席に置き、客はトイレへと向かった。
見覚えのある顔、榎本明さんだ。
ぼさぼさの白髪にスエット、スニーカーと言う出で立ちだが間違いないと思う。
席へ戻ると袋から数冊の台本を取り出し読む更ける。
頭を抱え、ポーズを交え、しばらくしてカウンターのマスターに
「ナンか書くもん貸してくれる?」
台本に書き込みが終わると早々に荷物をまとめ出て行ってしまった。
二人目の客
カウンター内にはたくさんのカップが並んでいる。
サルがオーダーした壹眞ブレンドは左の棚から、
柄本さんのオーダーしたブレンドは下の白いカップ。
そして右にはより個性的なカップが並んでいる。
あのカップで珈琲を頂くには何をオーダーすれば良いのだろう、、
そんな思案に耽っていると一人の女性客が入ってきた。
私と同じくカウンターに座り、メニューに目を通してマスターに告げた。
「キリマンジャロ」
!!
それ、見たかった。
それまでとは違う缶を取り出し豆を挽き、
案の定、右の棚からカップを取り出した。

マスターが挽いた豆の缶を手で叩くと
「何の意味があるんですか?」
「細かい粉が周りについてしまうので…」
お湯を注ぎ、こんもりと泡が立つと
「わぁ、、やっぱり挽きたてだと泡が立ち易いんですね」
「そぉ、、、ですね。挽きたての方が泡は立ちます」
珈琲を入れる動作に興味があるようで、サルが聞きたかったことを
ことごとく質問してくれる。
珈琲が出されると大事そうに、飲んでいた。
奥に控えたマスターは少し多めに入れたキリマンジャロをカップに入れ
数回香りを確認した後で珈琲を口に含み、洗い物を始めた。
そしてそのまま数分間、口の中で転がし続け
眉をひそめたり、首を傾げたりしていた。
3人目の客
男性客がきょろきょろしながら入ってきた。
「お勧めは何ですか?」
「、、ブレンドと、
濃いのがお好きでしたら壹眞ブレンドをお勧めしています」
「じゃあ、壹眞ブレンドで」
(それはもう何度か見た、、)
「あ、、それってアイスってありますか?」
「はい、ございます。」
3人目はアイスコーヒーをオーダーした。
半量のお湯で濃く出した珈琲を氷の入ったグラスに注ぎ、
アイスコーヒーは完成した。
男性客は半分ほど飲み干し、落ち着かない様子で話しかける
「ここって、、アルバイトは募集していますか?」
なんと、3人目の客はバイト希望者だった。
「ここは今、私が週5で入っていますので間に合っていると思います。
銀座に3店舗あって、そちらの方が人手が足りていないと思いますよ」
「…ぎんざかぁああ」
話を聞いていると、神保町店はひとりでまわる程度だが
銀座店はかなりの忙しさらしい。
しかも値段も違って、こちら700円程度だが銀座では珈琲一杯1000円からだとか。晴海通り店に担当がいるのでそちらへ電話してください、と告げられ
よろしくお願いします、と告げて3人目の客も出ていった。
4人目の客が入ってきた。
ブレンドをオーダーした。
気付けばお店に入ってから2時間半が過ぎようとしていた。
裕に一本、映画を見られる時間だ。
六本木へ向かうのに丁度良い頃合いとなり席を立った。
映画を見たよりも、満足してお店を後にした。